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仙台高等裁判所 昭和31年(ネ)72号 判決 1956年10月08日

控訴人 沢口甚吉

被控訴人 斎藤辰一郎 (いずれも仮名)

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金七万円及びこれに対する昭和二十九年九月八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は控訴代理人において

一、被控訴人と訴外南ハルとの間には婚姻後八年を経過しても子供がなかつたので、右ハルを離婚する口実を作るため被控訴人家の家族が同人に情交関係の機会を作りこれを助長するようにしむけた感があり、被控訴人もこれを容認していたことが察しられる。又被控訴人は右ハルと婚姻中にも他に情婦があり、これが原因で当時勤務中の国有鉄道の金員を費消横領したため昭和三十年一月中国有鉄道を免職となつた。かような事情から被控訴人とハルとの夫婦関係は必ずしも円満ではなかつたので、控訴人と右ハルとの情交関係を理由とする被控訴人のハルとの離婚は被控訴人に対してそれほど大きな精神上の打撃を与えたとは思われない。このことは被控訴人が右離婚後一箇月を出ない昭和二十八年十二月二日訴外東礼子との婚姻届をし、同三十年九月十三日にはその間に長女美子を儲けていることによつても裏書できる。

二、被控訴人が右離婚の際ハルに与えた金十万円はそれが財産分与である以上控訴人とハル夫婦間の財産関係の清算としてもともとハルの所得に帰属すべきものであるから、その分与は被控訴人の損失と見るべきものではない。

と述べ、被控訴代理人において

一、控訴人主張の前記一の事実中控訴人主張の頃被控訴人が業務上保管にかかる金員の不始末から当時勤務中の国有鉄道を免職となつたこと、被控訴人が訴外南ハルと離婚後控訴人主張の日時訴外東礼子との婚姻届をし且つ同人との間に長女美子を儲けたことは認めるが、その余の点は否認する。右金銭上の不始末も勤務先の事故であり、当時弁償によつて円満に解決済であつてそのため家庭的な紛争を引き起したことはなく、右ハルとの夫婦関係にもなんら影響はなかつた。なお右美子は昭和三十一年四月十五日死亡した。

二、控訴人主張の前記二の事実は否認する。金十万円の財産分与は被控訴人の不法行為を原因とする右ハルとの離婚がなかりせば被控訴人において支出する必要がなかつたものであるから右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。

と述べたほか、原判決事実摘示と同じであるからこれを引用する。

<証拠省略>

理由

当裁判所は本件不法行為の原因並びにそれに基く慰藉料の額につき原審と事実の確定及び法律判断を同じくする(但し右慰藉料の額の算出については後段説示の金十万円交付に関する事情をも斟酌する)から原判決理由中のこの点の記載をここに引用する。控訴人は被控訴人は訴外南ハルの前示不貞行為を容認しており、又同人との夫婦関係も円満を欠いていたから、右ハルとの離婚による被控訴人の精神的苦痛はさほど大ではなかつたと主張するけれども、これを認めるに足る証拠はなく、乙第一号証の一、二、第二及び第三号証並びに当審証人岡田ウメ、南ハルの各証言をもつてしても、前示慰藉料に関する判断を動かすに足りない。

よつて被控訴人が右離婚に際し右ハルに分与した金十万円が本件不法行為による財産的損害になるかどうかにつき次に判断する。

被控訴人が田畑二町歩を耕作する農家の長男で昭和二十八年十一月当時盛岡鉄道管理局に勤務し月収一万三千円を得ていたものであることは原審認定のとおりであり、原審証人小谷次郎、原審及び当審証人南ハルの各証言並びに原審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、被控訴人は父次郎の長男で右次郎方に同居していたが家計は辰寅において主宰していたこと、次郎は田畑家屋敷を所有していたが、被控訴人としては殆ど財産がなく、当時妻ハルは次郎の農耕を手伝つていたものであること、ハルの実家は原審で認定したように村内上位の資産家であること、本件財産分与は当時ハルにおいてこれを要求したものでなく又本件離婚につき原審で認定したような事情のあつたところからハルにおいてこれを要求する意思もなかつたのであるが、被控訴人の父次郎においてこれまでのハルの労苦を考慮した上自らハルのため出金することを決意し、被控訴人において右次郎の意思に従い同人から出して貰つた金をハルの今後の更生資金に充てさせる趣旨でハルに贈与したものであることが認められる。尤も成立に争のない甲第二号証によると、当時ハルは被控訴人に対し協議離婚の慰藉料としてこれを受領した旨の内容を記載した領収書を差入れていることが認められるが、当審証人南ハルの証言によると、右の記載はハルの父がハルにおいて右贈与を受けるに際し偶々これを記載したものでミツにおいてこれに署名して差入れたものであることが認められ、これと前掲証拠とを対比すると、右の内容は事実に副うものでないことが認められるから、右甲第二号証によつては前認定を左右するに足らない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。これによると、右財産分与は、被控訴人がハルとの協議離婚に際し父次郎の意思に従いハルに対し同人の今後の更生資金に充てさせる趣旨で恩恵的に贈与したものであることが明かである。

そこで考えるに、被控訴人とハルとの協議離婚が控訴人の不法行為を原因とするものであることは原審認定のとおりであり、又被控訴人は右財産分与により、たとえそれが事実上被控訴人の父次郎の支出したものであつても被控訴人において自ら贈与者としてこれをハルに贈与したものである以上被控訴人においてこれに相応する財産の減少を来したものといゝ得ないことはない。しかし以上認定の諸事実からみると、本件財産分与はその性質が右に認定したとおりの趣旨のものであるから、本件のような事情による離婚についてはそれが通常生ずる関係にあるものとは認められない。従つて控訴人の右不法行為と被控訴人の右財産減少による損害との間には通常の因果関係は存しないものというべきである。換言すれば、被控訴人の右財産減少による損害は控訴人の不法行為によつて通常生ずべき損害でなく右に認定したような贈与に直接関連する特別の事情によつて生じたものであつて、控訴人において当時右事情を予見し若しくは予見し得べかりしことの認められない本件では、控訴人は右のような被控訴人の損害についてはその責を負うべき限りでないといわなければならない。それなら控訴人に右賠償責任のあることを前提とする被控訴人の請求は失当というべきで、本件控訴はこの点で一部理由がある。

以上のとおりであるから被控訴人の本訴請求中前示慰藉料金七万円の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。これと一部認定を異にする原判決は変更を免れない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十六条、第九十二条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村木達夫 石井義彦 上野正秋)

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